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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1232号 判決

被告人

草富靜男

主文

原判決を破棄する

本件を武雄簡易裁判所に差し戻す

理由

原判決は、被告人が佐賀縣杵島郡武雄町八並医師樋口了止方で同人所有のメリヤス襦袢外衣類等五点及同家事務員久保薰所有の仕事襦袢外衣類等二点を窃取したという事実を認定した証拠として一、被告人の原審公廷における供述(自白)、二、一ノ瀨節子作成の盜難届、三、司法警察員作成の被告人供述調書(自白調書)を挙示しておる、そして被告人は公判廷における自白であると否とを問はずその自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされないのであるから、「被告人に対し有罪の言渡しをするには、被告人の自白の他に、之を補強する証拠がなければならないことは、刑事訴訟法第三百十九條第二項の規定に徴して明かである。然るに一ケ瀨節代作成の盜難届を見るに、その記載内容においては、原審認定の物件が盜難に遭つた趣旨の記載はあるが、一ケ瀨節子自身が被害者であるのか、或は同人以外の者が被害者であるのか、記載自体では分明しない。むしろ、記載自体から見れば同人自身が被害者であるようである。若し、そうであるとすれば、原審認定の事実と符合しないことになる。何れにせよ、右届書の作成人たる一ノ瀨節子は原判示被害者と如何なる関係があるのか、如何なる関係において盜難の事実を知つているのか、如何なる事情においてこの届書を出したのであるか一切不明である。或は同人は無関係な路傍の人であるかも知れない。要するに、右の諸点を明かにした上でなければ、右盜難届を以て断罪の資料とするに足らないものと云わなければならない。右届書が直に断罪の資料とならないとすれば、本件の証拠は只單に被告人の自白のみということになる。從て原判決には被告人の自白を唯一の証拠として有罪の言渡しをした違法か又は審理不盡の違法があるか、若くは前敍の如き理由齟齬の違法があることになり」、この違法は判決に影響することは明かだから論旨は理由がある。

控訴趣意

第一点、原判決は「被告人は昭和二十四年五月六日午後十時頃佐賀縣杵島郡武雄町八並医院樋口了止方において同家南側廊下の外側物干竿から同人所有のメリヤス襦袢外衣類等五点及び同家事務員久保薰所有の仕事襦袢外衣類等二点を窃取したものである」ことを判決してその証拠として、一、被告人の当公廷に於ける供述、二、一ノ瀨節子作成の盜難届、三、司法警察員作成の被告人供述調書を挙げて居る。

然るに一ノ瀨節子作成の盜難届を見るにその内容に於てはなるほど本件の物件が盜難に遭つた趣旨の記載があるが、右届の作成人たる一ノ瀨節子は被害者と如何なる関係にあるか、如何なる関係に於て窃盜の事実を節子が知つて居るか、如何なる事情に於てこの盜難届を出したものであるか一切不明である。或ひは一ノ瀨節子は無関係な一路傍の人であるかも知れない。從つてこの届の信憑力は大いに疑はしいと思はれる。

いやしくも被告人に刑事事犯があるかどうかを判定し之に体刑を科するかどうかを決しなければならないのであるから証拠については十分な審理をせねばならないのは勿論であるから、前述の如き一ノ瀨節子の盜難届の如きものは之を証拠と爲すに足らないものと思量する。

然りとすれば本件の証拠となるべきものは只單に被告人の自白のみにすぎないものとなる。

即ち本件は自白を唯一の証拠として有罪と爲したるものであるか、又は審理不盡のそしりを脱れないものと思ふ。

仍て原判決は破棄せられるべきものである。

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